「自分にピントを合わせる」
何かを見た時、聴いた時、自分はどう感じるか?
あの人はこう言うけど、自分はどう思うのか?
今はこれが流行っているけど、自分は何が好きなのか?
わからなくなっている時は、ピントがズレている時。

今まで他人に合わせ過ぎていたなら、自分にピントを合わせよう。
あとは、ピンボケしないようにバランスをとることも大切。
Nunome.
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「自分にピントを合わせる」
何かを見た時、聴いた時、自分はどう感じるか?
あの人はこう言うけど、自分はどう思うのか?
今はこれが流行っているけど、自分は何が好きなのか?
わからなくなっている時は、ピントがズレている時。

今まで他人に合わせ過ぎていたなら、自分にピントを合わせよう。
あとは、ピンボケしないようにバランスをとることも大切。
Nunome.
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「毎日お疲れさま」
外仕事や家事に育児、学生生活。
みんなそれぞれ役割があって、やる事があって。

誰が一番大変とか、あの人より私の方が頑張ってるとか、そんなものは比べる必要がなくて。
ぱっと見、楽そうな人も心の中は疲れてるかもしれないし、ぱっと見、大変そうな人も実は充実した時間を過ごしてるのかもしれない。
この世の中は 目に見えないものがほとんどで、目に見えるものだけでは測れないことばかり。
💐💐💐
子供も大人もみんなみんな、
今日も一日お疲れさま。
Nunome.
青空の下、
太陽の光を浴びてそよそよと風に吹かれる。

季節の香りをかいでると
気持ちよくて、心地よくて、安心感と幸福感に包まれる。
守られてるなぁ〜って感じる。
Nunome.
🌸🌸🌸
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「あ、この人 無理。大嫌い。」
出だしからちょっとあれな感じだけど、そう思う人ってみんな誰かしら居るよね。
それに、「無理。嫌い。」で終わる人と、ずっとモヤモヤと引っ掛かる人が居る。
それは 自分から見てどんな人?

私の場合は、威圧感を感じる人、自分の意見を押しつけてくる人、偉そうな人、大きな声を出して怒る人、お節介な人、嫌味を言う人、文句ばっかり言う人、媚びる人…
上げだすとキリがない。まだまだある。どうしようもない位いっぱい居てる。どうしよう。←
🌼🌼🌼
この、嫌いだと思う人って 実は自分の姿だったりするのです。
その人に 自分が嫌ってる自分、ダメだと押さえ込んでる自分の一部を見ているから 反応が起きる。
なので、今挙げた嫌いな人の特徴は 自分自身の自己紹介。(うっ…つらい、つら過ぎるぅ。キャー)

だからね、「この人…ほんま無理」と散々思った後は 「あぁ、この人のこれも私の一部なんか。私もこんな感じなのか。つら」と受け止める。嫌だけど、一応でも受け止める。
そうすると、自分が何をダメだとしてるかがわかるし、自分にもそういう所があるんだということがわかる。
🌷🌷🌷
嫌いなもんは嫌いでいいし、無理なもんは無理でいい。それはしょうがない。けど、ずっとその人のそれが引っ掛かるなら 一旦そこを見るといい。
それがわかると、不必要に人を拒絶してモヤモヤすることも、自分へのダメ出しも減るのです。

強烈な「嫌い」は、自分の自己紹介。
そんな風に見てみると、拒絶反応すごいけど(笑)面白いよ。
Nunome.
「さっきは ごめん。」

朝から、公園へ行くのか否か、どこの公園へ行くのかで息子と意見が合わず 少し言い合いになりました。(内容がしょうもなさ過ぎる。泣笑)
今日の朝から 私の体調が万全じゃなかったのも相まって、いつも以上に言い合いが長引いたのです。(つい何日か前、今年の寅年は穏やかに…とか言ってたんやけど どこへ行ってしまったんだろうか。遠い目)

何とか、出発することになって車を走らせるものの 私はまだくすぶったまま。長い。←
そしたら息子が「さっきは ごめん。」とひと言。
それを聞いて、「こっちこそごめんね。」と私もひと言。(どっちが大人かわからん)
🌲🌲🌲
いつもの雰囲気に戻った時、私が「いつも自分からごめんって言えて すごいなって思う」と息子に言うと、
『身体がしんどくてイライラして怒ってしまう時とか、誰かとケンカした時は「ごめん」って自分から言うのが良いと俺は思ってるねん。』

息子は、今日みたいなことがあったら必ず先に謝ります。本当にそれがすごいなぁ〜と思ってて。(私 プライドが高過ぎてごめんってなかなか言えない←)
🌱🌱🌱
子供たちには 教えてもらうことだらけです。
どっちが親なんだか…と、よく思います。苦笑
私も 息子を見習って、自分から謝れるようになろうと思った朝の出来事でした。
…出来るかな。笑
Nunome.
土に触れる。

普段から 畑してたり、土いじりが好きとか、お花の植え替えとか、そういうのしてないと大人になってから土に触れる機会ってあんまりないと思う。コンクリートが増えて、土自体が少なくなってるから余計かな。
最近、子供たちと公園へ行った時に 芝生に寝転んだり、土を触ったり、木に触れたり、そんなことをして 自然を肌で感じてる。リアルに肌で感じてる。
それがすごく心地良くて、もう本当に気持ちいい。それに安心感が半端ない。

地べたに座って、手で土に触れながら木を眺めて日向ぼっこ。
時間がどこかへいってしまったような感覚になる。もうなんか、全部どうでもよくなる。笑
それ位 満たされる。

日向ぼっこしながら飲むコーヒーがまた美味しいのだ。たまらん。
🌿🌿🌿
幸せとか喜びとか、隣の芝生が青く見えてついつい遠出して探しに行っちゃうけど、そんなに遠くに探しに行かなくても いつも自分の足元にある。
土に触れて、木に触れて、日向ぼっこ。
それだけで満たされちゃうんだもの。
Nunome.

カーポートで日向ぼっこをする白菜。これから漬物になるそうで。…ちょっと面白い。
お日様の光は 食べ物をより美味しく、より栄養豊富にしてくれる。

毎日毎日、何かしないといけないような、何かしないと生きてる意味がないような、そんな謎の焦燥感を感じることがある。
それも 生きている中で、勝手に強く思い込んだ思い込み。
人という生物だけが持ってる特徴のひとつ。どうも頭を使いすぎる。(これは私のこと)

今日も朝起きて、ご飯を食べて、遊んで、働いて、お風呂に入って、寝る。
「生きる」ってそういうもの。
朝、目が覚めることがどれだけすごいことか。
毎日、ご飯を食べれることがどれだけすごいことか。
物質的な豊かさは 時に大切なことを忘れさせてしまう。
.
おはよう、いただきます、ごちそうさま、いってらっしゃい、おかえり、またね、おやすみ。
ごめんね、ありがとう。
.
それが生きるということで、それが奇跡で、それがすべて。
シンプル。
Nunome.