
生きていると 波があって、リズムがあって
絶好調な時があれば、どん底ズタボロな時もあって、静か〜な時もあって
沈んでいる時に 思ったように出来ない自分をダメだなぁ〜って思ってしまう時もあるけど、
「まぁ、しょうがないよね」
って笑ってくれる人が居ると救われる。
わかっていても自分だけじゃどうにも出来ない時もあるから。
人と人は支え合って繋がるように出来てるんだなぁと思う。
Nunome.
nunomeのBlog

生きていると 波があって、リズムがあって
絶好調な時があれば、どん底ズタボロな時もあって、静か〜な時もあって
沈んでいる時に 思ったように出来ない自分をダメだなぁ〜って思ってしまう時もあるけど、
「まぁ、しょうがないよね」
って笑ってくれる人が居ると救われる。
わかっていても自分だけじゃどうにも出来ない時もあるから。
人と人は支え合って繋がるように出来てるんだなぁと思う。
Nunome.
人に「感謝」を求めたくなる時。

そんな時は 「これだけやってるのに、やってあげてるのに」そんな気持ちが自分の中にたくさん詰まってる。
「あなたのために我慢して」そんな気持ちもたくさん。
そんな時は したくもない事を「しなければいけない」という思い込みでしている時で、我慢と無理が溢れ出している。
人に「感謝」を求めたくなる時は、
自分を見つめ直して、よくがんばってる自分に労いの言葉をかけてあげよう。
今日も一日 お疲れさま。
Nunome.

自分にとっての当たり前は 誰かにとっては想像もつかないことで、
自分にとっての普通は 誰かにとってはありえないことで、
自分にとっての素晴らしいは 誰かにとっては目にも留まらないことで、
自分にとっての変だと思うことは 誰かにとってはすごくいいと思うことでもある。
当たり前も普通も素晴らしいも変も
全部 自分の価値観でしかない。
Nunome.
お出掛けしたり、外食した時
自分達が気持ち良く楽しく過ごせるのは、働いてくれる人が居るから。

お店のトイレがピカピカなのは 掃除してくれる人が居るから、
フードコートの机が綺麗なのは 拭いてくれる人が居るから、
休日に遊びに行けるのは 休日に働いてくれる人が居るから、
美味しいご飯を食べれるのは 作って提供してくれる人が居るから。
そんなの仕事だから当たり前 だと思うのか、有り難いなぁと思うのか。
どんな事もお互い様でお陰様。
そうやって世界は回っている。
Nunome.
身体のメンテナンスをしてもらいながら、ラジオから流れてくる話に違和感を感じた。
「マイノリティの人達への理解を」みたいな内容で、世間一般大多数の人と違う人を 社会的弱者で特別な存在だと思わせるような そんな内容だった。

そもそも、何かに「正解」を作るからどこかに「問題」が生まれるんだと私は思ってる。
何かひとつを正解だとするから それを探そうと躍起になって大切なものを見失ったり、
何かひとつを正しいものだとするから そうじゃない自分や、そうじゃない他人をおかしいと批判する。

男は女を、女は男を好きになるのが正解で当たり前とするから
そうじゃない人は自分をおかしいと思ってしまったり、そうじゃない人を見て おかしいと思う人が居る。
正解は無限にあって、当たり前は人の数だけあるもの。

この私の考えも 私にとっての当たり前で、誰かにとったらおかしな考え方。
身体の心地良さにうつらうつらとしながら、そんな事を思ったのでした。
Nunome.
身体のメンテナンスをしてもらいながら、ラジオから流れてくる話に違和感を感じた。
「マイノリティの人達への理解を」みたいな内容で、世間一般大多数の人と違う人を 社会的弱者で特別な存在だと思わせるような そんな内容だった。

そもそも、何かに「正解」を作るからどこかに「問題」が生まれるんだと私は思ってる。
何かひとつを正解だとするから それを探そうと躍起になって大切なものを見失ったり、
何かひとつを正しいものだとするから そうじゃない自分や、そうじゃない他人をおかしいと批判する。

男は女を、女は男を好きになるのが正解で当たり前とするから
そうじゃない人は自分をおかしいと思ってしまったり、そうじゃない人を見て おかしいと思う人が居る。
正解は無限にあって、当たり前は人の数だけあるもの。

この私の考えも 私にとっての当たり前で、誰かにとったらおかしな考え方。
身体の心地良さにうつらうつらとしながら、そんな事を思ったのでした。
Nunome.
誰かが言う正解よりも 自分の感じたその感覚が自分にとっての正解だし、
誰かが作る流行りよりも 自分の心がキュンとするものが自分にとっての流行りだし、
みんなが言う常識や当たり前よりも 自分と自分の周りの人が心地良く過ごせることが大切。

大勢が言う事が正しいわけでもないし、
影響力のある人が言う事が「本当」なわけでもない。
正解も流行りも当たり前も常識も 人の数だけあるもの。
Nunome.
子育てって、
お世話をしてあげてるんじゃなくてさせてもらってるんだよな〜と思う。

一番大変な渦中にいる時は そんな事微塵もこれっぽっっっちも思えないけど、子供たちが大きくなってちょっと手が離れてきてそう思う。
オムツを替えて、おっぱいあげて、
泣いたら抱っこして、一緒に遊んで、
その時の愛おしい感覚とか、しあわせ、ぬくもりを 感じさせてもらってる。
泣く子をあやして笑顔にしてあげてるようで、
笑顔になった子を見てこちらが笑顔にさせてもらってる。
だから、ママが悲しい顔をしてると子供も悲しくなる。

一緒に遊ぶとか、抱っこするとか 、大きくなるにつれ その時間が少しずつ少なくなる。
だから 子供たちが手を離れていく時に嬉しい反面、寂しさも感じるんだろう。
どれだけ後悔のないように子育てしても、子供たちが完全に手を離れた時には「もう一度 子育てさせてほしいなぁ」と思うんだろうなぁ。
Nunome.